「携帯電話をなくした時にまずする事」ではない事

2017/08/08

携帯電話を落とした。そしてなくした。

これは現代の生活において、致命傷となります。

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脱輪で仮免許に落ちるレベル

それはこの情報に塗れた時代に、その情報の海へと瞬時にアクセスをするという点において非常に便利なものであり、私たちの生活にとっても欠かせないものとなっている物であります。

また、それは数十年前にはありえなかったつながりの仕方を人々にもたらし、その常時感じられるつながりに人は依存していきます。

携帯電話があるがために人々は「一人になる権利」を蔑ろにしがちになっています。

電源を入れていないだけで非難されるというこんな状況が今までにあったでしょうか。

しかし、そんなことはこの話題からするとどうでもいいのです。脱線です。仮免テストなら一発不合格です。

携帯をなくした時、大変です。大惨事です。大惨事世界大戦です。

マクドナルドに耳をかたむける

世界でももちろんですが、日本においてもマクドナルドは巨大です。

かつては日本の外食業界の王者として君臨していました。

そんなマクドナルドですが、ポテトが出来上がる時「テレレ、テレレ、テレレ」と音がなります。

確かにこの音はやけに耳に入ってきやすく、待っていても「あ、ポテト、できたんだなー」と「あ、もうそろそろ秋かー」のテンションでしみじみと感じてしまいがちです。

しかし、携帯電話を落としているときは、悠長に耳を傾けている場合ではありません。それはするべきではないです。

マクドナルドの罠に嵌ってしまわないようにしましょう。

携帯電話をなくした時は、マクドナルドに率先して行き、「テレレ、テレレ、テレレ」と佇んでいる場合ではない。

 

スタバで意識高めてるなう

「意識が高い」と「意識が高い系」の違いはどこにあるのでしょうか。

「意識が高い系」というのは意識が高いような雰囲気を醸し出しながら実は何も成し遂げることもできず、これからも何か大きなことという漠然としたものに向かいながら、セルフブランディングしようとするが、結局招き猫型貯金箱のように中身が何もない人々の事です。

しかし、傍からみると一見、その擬態能力というのは素晴らしいものがあり、本当にすごい人々との違いがわからないということが起こりえます。

また、意識高い系の人たちも、自身を鼓舞させるためにまず形から入っているケースが多いように思われます。つまりその鼓舞によって、後から偽物を本物にしようとしているという事です。

その場合、「意識高い系」と「意識が高い人」の両者の間には溝があるのかもしれませんが、高い系の人々のベクトルが「意識高い」人なのであれば、それはそれでいいんじゃないかと思われます。

愛していきましょう。「意識高い系」の人々を。

その結果、何も生まれないかもしれないですが、反対に何か生まれるかもしれません。

しかし、携帯をなくした人は、スタバでフラペチーノではなく普通のコーヒーを頼み、自分に酔うのはやめましょう。

携帯電話をなくした人は、スタバで、意識高い系を全力で出している場合ではない

 

モバイルバッテリーを選ぶ

携帯電話はリチウムイオン電池によって支えられています。

このリチウムイオン電池がこれほどまでに普及したのは、その充電速度や耐久性、体積や出力密度、そして繰り返し利用することができるといった利点があったからですが、この電池の次の世代の電池はいつ来るのでしょうか。

諸行無常。

移り行く世の中で、そのポストリチウムイオン電池の模索は進んでいます。

IBMのリチウム空気電池デュアルカーボンバッテリーなどです。

しかし、現状はまだまだリチウムイオン電池にお世話になりっぱなしですし、当分は次世代バッテリーは一般人のもとには降りてこないでしょう。

そして予備バッテリーなんかを容量と価格と重さなどを参考に選ぶのです。

しかし! そもそもの携帯電話をなくしているのに、今、予備バッテリーを買う必要があるのでしょうか。必要なのは携帯電話です。

携帯電話をなくした人は、モバイルバッテリーを悠長に選んでいる場合ではない

まとめ

いかがでしょうか。

携帯電話をなくした人は、これを参考にしてみてください。

 

 

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