【食べ物落下事件】牛丼を落としてしまった時、その後の一連の流れ

そんなまさか、そんなことがあっていいのだろうか。

私が買ってきた昼御飯用の牛丼が食事の最中に落下した。

これは、私の気持ちの変遷を辿った物語である。

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購入、そして…

私は意気揚々と290円の弁当(どこで買ったかは伏せる)を買い、帰宅した。

当初は、そんなにすぐ食べる予定もなく(お腹がそんなに減っていなかったため)机の上に置いていたままだった。

しかし、その牛丼から発せられる食欲を刺激する成分を含んだ香りのせいで、ついに牛丼を守っていた蓋を開けてしまうことになる。

少しの後悔はあった。確かにお腹はそんなに減っていないはずなのだ。カロリーがキャパを超えてしまう。しかし、牛丼の魔力は底知れない。その魔法によって知らぬ間に箸を持たされていたのだ。

紅ショウガと七味を乗せ、いざ口へと運ぶ。

しかし、ここでふと思う。「あれ、いつもよりパサパサしている……」ご飯に水分がないのだ。

だがそこは七味という武器を持つ私には敵ではない。七味を多めにかけていただくことにする。これで味は保障された。

順調に3口目までは食べていたが、ここで忘れていた事実に気づく。

お腹、一杯すぎる……

匂いには負けていたが、胃は受け付けてくれなくなった。

そこで、机にとりあえず戻そうと持っていた牛丼の丼を置こうとした時、悲劇は起こった。

牛丼が手から滑り落ち床に落下した

牛丼が死んでしまった。匂いだけはいい匂いが漂い続ける。私は無になった。

精神状態の変遷

①無

起きた事がよくわからなかった。理解が追い付いていなかったのである。

プロの行う瞑想よりも心が無であった。

②驚き

やっと驚きさんが追い付いて来はった。

ますだおかだの岡田の「わお」ぐらいのテンションで驚いた。

ただ、閉店ガラガラ出来なかった。無残な牛丼が目の前にあったからである。

③悲しみ

私の270円くらいが消えてしまったのだ。(スタッフがおいしくいただきました)

買いに行った労力も無意味となってしまった。

いや、値段なんかよりも、買いに行った労力なんかよりも、もっとこう、純粋な「悲しみ」が心に残った。

悲しかった。

④怒り

落としてしまった自分に対してもそうであるし、勝手に滑っていった丼の底のフィット感の甘さにすら怒りがこみ上げてきた。

なんで、もっとカチッとなっていないんだ。というもうクレーマーの域に達する怒りすらこみあげてきた。このようにして世のクレーマーたちは生まれるのかもしれない。

精神的な自己防衛本能というやつだ。

⑤切り替え

まぁ、もう落ちてしまったことは変わらないから、これからどうしようかという事を考えた。

覆水盆に返らず。

いや、返してくれればそれに越したことはないけれど、という気持ちを必死に抑える。

切り替えられていない。

おわりに

このようにして私は喜怒哀楽を一瞬にして味わったのである。

 

この記事、なに?(笑)

 

 

 

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