子供が勉強しなければならない理由と必要性

そもそもが人間として向上するという前提、さらに学生などの世の中に強いられるタイプの勉強という前提で書きます。

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勉強しなければならない理由を尋ねられた時

よくありがちなパターンですが、

子供に「なぜ勉強をしなければならないのか?」と聞かれた際に、「そりゃ勉強は必要だ」と返すのは答えになっていません。

これに関しては確かに当たり前ではあると思います。

そして一見、ちゃんと言い返してそうで、いい返せてないのが「そもそも勉強すらろくに出来ない人間が他のことを出来るわけがない」という論点のすり替えです。

一部は正しいのかもしれませんが、それでは問いに対する答えにはなっていません。

ではどうすればいいのでしょうか。

子供が勉強しなければならない理由と必要性

可能性を狭めない為

これは、こういう問いに対してどう答えるのがいいのかという問題の中で、よく取り上げられる意見です。

勉強を子供がしなければいけないのは、その子供に広がるはずの可能性を狭めないためである。

どういうことかというと、

勉強しない場合、基礎となる学力が不足している為、のらりくらり暮らせればいいと最初は思っていても後に研究者になりたいとなった時にその道は断念せざるを得ない程の高い壁になっている可能性があります。しかし、ある程度でも勉強をしていることにより、比較的フレキシブルな進路変更をすることが可能になります。

 セーフティーネットとして

もし仮に、何かもう子供が人生の道を決めているとき、それに必要な知識以外は学ばなくてもいいように思います。

つまり、サッカー選手になると決めていれば、サッカーに関する知識や技術、体力などさえあれば他に何も将来において必要ではないとなります。

しかし、そうして成長してしまった場合、その夢が途絶えると、なかなかに生きずらい世の中になってしまいます。そういった場合に勉強をしていれば、セーフティーネットとして、それほどまで転落しなくてもよくなります

知識は思考の幅を広げる

知識なんてなくても今の時代「ググれ」ば何でも情報は手に入るので、そんなことを覚えなくても良いのではないか? とそう思ってしまいがちです。

確かに、ほとんどの事は検索の仕組みをうまく使えばネットから引き出せるでしょう。それが正しいかはさておき。

ただ、知識がないと思考の幅は狭まります。例えば、電気に関する知識がない場合、冬場の静電気で手に電流が走り「痛い!」となった時、それはまさに天災です。ただ、「電気によってこうなったのだ」と知っていれば、体から放電するように何か対策を施そうと思うかもしれませんし、その電気を利用できないかとも考えることができます。

また、全く関係のない分野の知識が役に立ったりします。「ひらめき」なども他の知識があるからひらめくことが出来るのです。すべてをその場その場で外部の情報に頼っていれば、外部から刺激を受けた時に本来なら広がったであろう連想もそのドミノが少し倒れるくらいもしくは倒れない可能性がある、という事です。

知識は思考の幅を広げます。狭くならないように学びましょう。

「学ぶ」経験値

これは勉強が必要であるという理由としては弱いかもしれませんが、勉強することによって、「学ぶ」という経験値が上がります。

この経験値が上がると、ほかの事を学ぶ際にも活用でき、学ぶスピードが早くなったりします。

記憶術、読解力、論理的思考能力など、「学ぶ」事から得られるものがあります

しかし、よく、学んでいる知識自体は必要なく、これらの「学ぶ」ことから得られるもののみが勉強の成果なんだと言われますが、それは言い過ぎです。いままで説明してきたように思考の幅を広げるために必要です。

おわりに

いかがだったでしょうか。

子供にはほぼ無限の可能性が広がっています。それをつぶさないということもまた、必要なことです。

学び、より豊かな人生を歩みたいものです。

 

この記事が何かのお役に立てていれば幸いです。

 

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